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東京高等裁判所 昭和50年(う)632号 判決

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

弁護人の本件控訴の趣意は、弁護人川端和治、同弘中惇一郎が連名で提出した控訴趣意書(被告人提出の控訴趣意書補充書と題する書面中第二、第三を含む)に、これに対する答弁は検察官提出の答弁書に、検察官の本件控訴の趣意は、検察官提出の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

一  事実誤認をいう点について

(一)  弁護人の控訴趣意第二点(被告人の同補充書第二を含む)及び検察官の控訴趣意第一について

弁護人の所論は、要するに、原判示第一、(二)のいわゆる明治公園爆弾事件につき、被告人は警察官に対し殺意は、未必の故意を含め一切なかったことが明らかであるのに、被告人に対し本件未必の殺意を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのであり、検察官の所論は、原判示第一、(一)の爆発物取締罰則違反(爆発物の製造)の事実及び同第一、(二)中の同罰則違反(爆発物の使用)の事実につき、被告人に「警察官を殺害する目的」があったことを全く認定せず、また、同第一、(二)中の殺人未遂の事実について、被告人が確定的殺意のもとに爆弾を投てきして警察官を殺害しようとしたものであることは明白であるのに、被告人に対し未必の殺意を認定したに過ぎない原判決は、証拠の評価を誤り、事実を誤認したものであって、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

各所論にかんがみ、記録及び原審取り調べの証拠を精査し、当審取り調べの結果をも参酌して検討すると、原判決挙示の当該関係証拠、就中、大筋において互に符合して格別矛盾するところもなく、赤軍派に属する者の供述としてその内容に特に不自然、不合理な点も見出せず、他の関係証拠と対比しても信用できると認められる森恒夫の検察官に対する供述調書(謄本)並びに被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書等を総合すれば、赤軍派は、かねてより警視庁機動隊に対する「殲滅戦」を主張していたが、同派の標榜する「殲滅戦」とは機動隊員の大部分を殺傷し、機動隊の部隊としての機能、活動を失わせることを意図したものであったこと、本件の最高指揮者である共犯者森恒夫は、当時爆弾による機動隊の殲滅戦を展開して大衆闘争を促進すべく、関西の同派中央軍による機動隊の「殲滅戦」と相呼応し、東京においても、昭和四六年六月に行われるいわゆる新左翼系各派の「沖縄返還協定調印阻止闘争」の現場において、機動隊員に爆弾を投てきしてこれを殺害することを計画し、爆弾闘争の要員として被告人及び共犯者青砥幹夫を選んだが、同人らも森の右指示に従うことを決意したこと、被告人らが製造した本件爆弾は、長さ約一〇ないし一三センチメートル、直径約三・四センチメートル、厚さ約二、三ミリメートルの鉄パイプに爆発力の強大なダイナマイトの相当量(約一本の半分、約五〇グラム)を充填し、更に爆弾の威力を増大させるため鉄パイプの中にパチンコ玉を数個つめ、導火線から雷管への点火を確実にするため両者の間に黒色火薬を入れ、鉄パイプ両端内側に約一センチメートルの厚さに粘土をつめたうえ両端切り口に接着剤でブリキ板を張り付け更にビニールテープで固定したものであるが、鉄パイプの外側には金鋸で数条の溝をつけ、鉄パイプ自体が容易に爆発するよう工夫をこらしていること、投てきの際の飛距離と所要秒数とを考えて導火線の長さをきめたこと、本件爆弾の客観的威力は、破片が爆心から三〇ないし四〇メートルの距離まで飛散し、少くとも半径五メートル以内の人体に対する殺傷能力を保有するものであること、本件爆弾投てきの状況は、森の指示に基づき、デモ学生ら味方に爆発の被害が及ばないように配慮し、機動隊員が散開態勢をとって後退しはじめた時機を見はからって、青砥と意思を通じ被告人が三〇メートル位先の機動隊員の中を目がけて投てきして爆発させ、その結果三七名の機動隊員に対し原判示の加療約四年一か月ないし約五日間を要する各傷害を負わせたものであること、被告人は、高校三年のころから、赤軍派内で最も爆弾に関する知識を有しているといわれていた梅内恒夫と親交を結び、また本件直前ころ、爆弾製造の手引書である「バラの詩」を読んでいることが認められること等に徴すると、本件当時ダイナマイトの威力を含め爆弾の性能等については相当の知識を有していたものと推認されること(本件以前における被告人の爆発物に関する知識の程度についての弁護人の所論にそう原審及び当審における被告人の供述部分は、前件のいわゆる大菩薩峠事件においては、被告人らが、昭和四四年一〇月二九日大菩薩峠「福ちゃん荘」において、他の赤軍派幹部から、ダイナマイト及びパチンコ玉を使用したピース缶爆弾の構造、成分、使用方法について説明を受け、また被告人自らも、他の者に塩素酸カリ等を使用した鉄パイプ爆弾の構造、成分、威力、使用方法の説明をするなどし、五〇数名の者らとともに治安を妨げ、人の身体、財産を害せんとする目的をもって爆発物を使用することを共謀したとの爆発物取締罰則四条違反の犯罪事実につき有罪の確定判決を受けた事実があることに徴しても、信用できない)、しかしながら他面、本件爆弾は、従来の手製爆弾が鉄パイプの両端にネジを切って蓋を固定して密封するというものであったのに反し、材料の入手が間に合わなかったところから、被告人の発想により前叙のように粘土、ブリキ板、接着剤、ビニールテープを併用した構造のものとなったため、本件爆弾の殺傷性能については被告人は確信を持つには至らなかったことが窺われるうえ、被告人は本件爆弾の製造に際し、その直後に結果を知らされたものの、導火線の燃焼実験には参加しておらず、被告人らは本件爆弾を完成するや直ちに使用に及んだもので、その間これを実験してみる時間的余裕はなかったことが認められる。これらの諸事実を総合して判断すると、被告人の本件爆弾投てきの所為は、弁護人の主張するように、新左翼系各派に対する宣伝のみを目的としてなされたものではなく、被告人は、本件爆弾の殺傷能力及び爆発による機動隊員の死の結果を未必的に認識しながら、森及び青砥と共謀のうえ本件爆弾を敢えて機動隊員に対し投てきしたものと認めるのが相当であり、また、被告人らが右の意味において機動隊員を殺傷する目的のもとに本件爆弾を製造、使用したものであることは明らかだといわねばならない。

してみると、本件爆弾の製造及び使用の目的について検察官主張の「警察官を殺害する目的」を全く認定判示しなかった原判決には、この点において、事実の誤認があるといわざるをえないが、原判決は、被告人らが「治安を妨げる目的をもって」本件爆弾を製造及び使用した点をとらえて、被告人に対し爆発物取締罰則三条違反(原判示第一、(一))及び同罰則一条違反(同第一、(二))の有罪の事実を認定しているうえ、爆弾の共同製造の態様、その構造、数量、使用方法等重要な事実に誤りがなく、かつ被告人の「警察官殺害の目的」が、前叙のとおり、場合によっては機動隊員を死に致すことがありうるという意味程度にとどまるものと認むべき以上、右の誤認は未だ判決に影響を及ぼすことが明らかなものとまでは認められず、また、原判決が、被告人において「警備中の警察官を殺害するに至ることを容認しながら」本件爆弾一個に点火のうえ投げつけ爆発させたとして、被告人に対し警察官殺害の未必の故意を認定した点については、弁護人及び検察官の各所論のような採証法則違背ないし事実誤認を疑うべきかどはない。

なお、被告人の所論中には、森恒夫の検察官に対する供述調書が検察官の「利益誘導」によるものであって任意性を欠く旨主張する部分があるが、その論拠は全く独自の見解に基づくものであって採用の限りではなく、また弁護人の所論中には、原判決挙示の被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書に記載されている被告人の自白は同一被疑事実についての実質的に二重の違法な勾留期間中に獲得されたものであるから違法収集証拠として証拠能力がない旨主張する部分があるので検討するに、被告人の原審公判廷における供述、証人壺井修三の原審証言、被告人に対する昭和四七年五月一五日付逮捕状請求書等を総合すると、被告人は原判示第二の松江相互銀行米子支店における強盗事件で逮捕勾留中の昭和四六年九月二五日、本件殺人未遂、爆発物取締罰則違反の被疑者として一旦逮捕されたが、否認のまま処分を保留されて釈放された後、共犯者青砥の自供等新たな証拠が発見されたため、昭和四七年五月一八日同一被疑事実につき再逮捕され、爆発物製造の被疑事実によって再勾留されたこと、被告人の前記各供述調書がいずれも右再逮捕再勾留期間中に作成されたものであることの各事実を認めることができるが、本件は先の勾留に引き続いて再勾留された事案ではなく、相当期間経過後に新たな重要証拠が発見された場合であり、また被告人がもともと前記強盗事件で身柄拘束中の身であることや本件事案の重大性にかんがみると、捜査官側において、右再勾留により被告人の身柄拘束の不当なむし返しを意図したものとは到底認められないから、右再勾留は適法と解すべきであり、更に、前記壺井証言によれば、被告人の自白の経緯に弁護人所論指摘のような任意性を疑わせる点は認められず、かえって被告人の各供述調書の内容、体裁、就中右供述調書中の大部分のものに被告人が自ら任意に作成したと認められる被告人らのアジトの位置、本件爆弾を製造した場所、爆弾の形状、構造、投てき前後の犯行現場の状況、逃走経路等について具体的、詳細に記した図面が添付されていることなどにかんがみれば、右各供述調書の任意性に疑を容れる余地はなく、これらの証拠を採証した原判決には、弁護人所論の主張するような訴訟手続の法令違反のかどは認められない。

したがって、各論旨はいずれも理由がない。

(二)  弁護人の控訴趣意第三点について

所論は、要するに、原判決が認定した原判示第一、(二)の本件明治公園爆弾事件の発生結果中、被害者遠藤厚実、同野村雅則、同諏訪順一、同阿部昇の四名の分については、その各被害結果につきそれぞれ事実を誤認したかしがあり、右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

ところで、本件明治公園爆弾事件は、被告人らが、当時同公園原宿口付近において折から学生らの集団示威運動に伴う違反行為の制止、検挙等の任務に従事していた警視庁第二機動隊及び同第五機動隊に所属する警察官らに対し、前叙のごとく未必の殺意をもって、被告人において本件爆弾一個に点火のうえこれを投げつけて爆発させ、もって治安を妨げ、人の身体を害せんとする目的をもって爆発物を使用したが、新井留雄ほか三六名(原判決に三五名とあるのは誤記と認める)の警察官に対し加療約四年一か月ないし約五日間を要する傷害を負わせたにとどまり、同警察官らを殺害するには至らなかったという爆発物取締罰則違反及び殺人未遂の事案であって、単なる傷害事件とは異るから、右多数の被害者中の僅か四名の者について、原判決の認定した傷害の部位、程度に所論指摘のような誤認が仮にあったとしても、右誤認が判決に影響を及ぼすものとは到底認められず、したがって、所論は主張自体理由がないばかりか、野村雅則を除くその余の三名の被害者らについては、原判決が、その挙示する関係証拠により原判示の各傷害の部位、程度を認定したのは優に首肯することができ、また、被害者野村については、同人の原審証言及び医師左近司光明作成の診断書(謄本)によれば、原判示認定の左下腿打撲挫傷の傷害が本件爆弾の爆発によるものであることは明らかというべきものの、野村は当日前記任務に従事中他の同僚の楯に左手を接触させて左手打撲の傷をも受けており、この傷害が最も重かったものと認められるから、右診断書中に記載されている「約七日間の加療を要する」との診断結果は左手打撲に関するものと考えるのが相当であり、原判示傷害はそれよりやや軽い程度のもので一日通院しただけで後は自然治癒したことが明らかであるから、右傷害の程度に関する原判決の事実認定には誤りがあると認められるが、右誤認が判決に影響を及ぼすものでないことは右に述べたとおりであるから、論旨は理由がない。

二  法令の解釈、適用の誤りをいう点(弁護人の控訴趣意第一点)について

所論は、要するに、爆発物取締罰則の形式的違憲性(憲法九八条一項違反)及び実質的違憲性(憲法一九条、三一条、三六条違反)を縷説し、同罰則の違憲、無効性は明白であるのに、これを合憲、有効であるとして、原判示第一、(一)、(二)の事実について同罰則一条、三条を適用した原判決には、同罰則の解釈、適用を誤ったかしがある旨を主張するものである。

所論にかんがみ検討すると、所論一の同罰則の形式的違憲、無効性をいう点については、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項の第二、(一)において、その引用にかかる最高裁判所の判例の趣旨を参酌したうえ、旧憲法下において原判示の改正手続が行われたことにより形式上も法律と同一の効力を有することとなった同罰則は、現行憲法施行後も、他の法令により廃止もしくはその効力を否認するための立法措置が講ぜられていない以上、同罰則は現行憲法施行後においても、法律としての効力を保有していると判断し、所論二の実質的違憲、無効性の主張については、原判決が、同じ項において、(1)同罰則一条は爆発物の使用に対して、所論のとおりの法定刑を定めているが、本件の具体的事案に即して考察すれば、右法定刑が不必要に苛酷な刑を定めたものとはいえず、(2)本件のような「爆発物」としての典型的な事案に即していえば、同罰則の構成要件が漠然としていて処罰範囲が不明確であるとはいえず、また、「治安を妨げる」とは公共の秩序を乱すという意味であって、文言自体不明確とはいえないし、かえって目的犯としての絞りをかけているものであり、(3)所論主張の同罰則二条以下の諸規定中に、仮に所論のような不備があったとしても、本件爆発物使用(一条)及び本件爆発物製造(三条)の具体的事案に法令を適用する限りにおいては、全く影響がないと説示するところは、当審においても正当として是認することができるのであって、所論の違憲の主張を排斥したうえ、同罰則一条、三条を適用した原判決には、所論の法令の解釈、適用の誤りは少しも認められないから、論旨は理由がない。

三  訴訟手続の法令違反(弁護人の控訴趣意第四点)をいう点について

所論は、要するに、原判示第二の本件強盗事件について押収された証拠物件、すなわち、(一)被告人及び近藤有司から押収した一万円札一枚(東京高裁昭和五〇年押第二三二号の一八八、以下枝番号のみを示す)、千円札三枚(一八九)、五百円札四枚(一九〇)、百円札三五枚(一九一)、金種別表二枚(一九二)、帯封一枚(一九四)、アタッシュケース一個(一九五)、ボーリングバッグ一個(一九六)、(二)福田宏から押収したショッピングバッグ(大)一個(一九七)、ショッピングバッグ(小)一個(一九八)、登山用ナイフ一丁(二〇〇)、猟銃一丁(二〇二)、(三)松補順一から押収した自動車室内燈キャップ一個(一九三)、ケース付登山用ナイフ一丁(一九九)、登山ナイフ用ケース二個(二〇一)は、いずれも同人らの違法逮捕ないし違法な身柄拘束状態を利用し、所持品の違法な捜索によって発見、押収したものであって、違法収集証拠として証拠能力を欠くものであるのに、これらを本件強盗事件の事実認定の資料として採証した原判決には、憲法三五条、刑訴法一条、三一七条に違反したかしがあり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

しかしながら、記録及び原審取り調べの証拠を検討すると、所論指摘の証拠物を除いても、原判決挙示のその余の関係証拠により原判示第二の被告人に対する強盗の犯罪事実は大筋においてこれを認定することができると判断されるから、仮に右の各証拠物の証拠能力に所論のような問題があり、これらを採証した原判決に訴訟手続の法令違反があったとしても、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかとまではいえず、したがって所論はこの点においてすでに失当というべきであるが、所論にかんがみ、更に記録を精査し、当審における事実取り調べの結果をも参酌して検討すると、

(一)の点については、関係証拠によれば、所論指摘の一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚は、いずれも被告人及び近藤から押収されたものではなく、福田から押収されたものであることが明らかであるから、右証拠物に関する所論は前提を誤っているが、その余の帯封一枚、アタッシュケース一個、ボーリングバッグ一個については、いずれも近藤から差押、押収されたものであることが明白であるので、右手続の適否について判断するに、被告人及び近藤の両名が同乗する黒川康徳運転の自動車が、総社市門田のマツダオート総社営業所前の国道の三差路において、本件強盗事件発生の通報に接して緊急配備についていた総社警察署大石益雄巡査部長以下の警察官らにより検問を受け、その後被告人ら両名が自動車から降りて右営業所内の事務所に入り、同事務所内において更に警察官らから職務質問を継続して受けた事実経過及びその状況は、概ね、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の第二、(1)において、説示するとおりであって(なお、大石益雄、赤沢勇の原審各証言によれば、右職務質問に際して大石巡査部長が、被告人ら両名及び黒川に対し、米子の銀行強盗事件で検問を実施している旨の用件を告げたうえ同人らの協力を求めた事実が認められる)、原判決が警察官職務執行法二条の法解釈を示したうえ、これを前提として、大石巡査部長以下の警察官がマツダオート総社営業所前の国道の三差路において自動車検問を実施したことは当然の措置であり、そのときまでに入手した情報等から警察官が被告人ら両名に対し本件強盗事件についての一応の容疑を抱き職務質問を開始したことは適法であるのみならず、警察官としての職責であること、警察官の職務質問に対し両名が黙秘を続けた状況から、警察官が容疑を深め、道路上における職務質問の継続は交通の妨害になり危険でもあると考え両名に対し前記営業所への同行を求めた措置は当然許容されること、両名が右事務所内においてボーリングバッグとアタッシュケースの中味についての警察官の質問に答えず、開披の求めにも応じなかったところから、警察官が一層の容疑を深め、なお質問を続行すべきものと考え、右営業所に対する迷惑を慮り、両名に対し総社署への同行を求めたことも許容される措置であること、なお右事務所への同行の態様及び事務所内での質問の状況に照らし、その時点まで両名の身柄の拘束があったとは認められないことなどにつき逐一判断するところは、相当であると考える。

ところで、次に、右営業所から総社署への被告人ら両名に対する同行の態様につき、所論は、警察官らは、被告人の両腕を持って事務所から出し、無理やり警察の車に乗せ、ボーリングバッグとアタッシュケースを抱えふん張るようにして抵抗している近藤も数人で持ち上げるようにして事務所から出し、無理やり別の警察の車に乗せ、総社署に連行した旨主張するところ、原判決もこの点に関しては同様の認定にたったうえ、右の措置は、その態様において意に反する身柄の連行というべきものであり、警察官としての職務の執行として適法性を欠くといわざるをえないとの判断を示しているのに対し、検察官は、右同行の態様は、警職法二条に反するものではなく、その時点において警察官による違法な身柄の拘束があったということはできないと主張するので、判断をすすめるに、被告人は原審及び当審において弁護人の所論にそう供述をし、原審証人近藤有司もその旨同様の供述をしているのに対し、原審証人大石益雄、同赤沢勇の両警察官は、被告人ら両名を総社署に同行するについては両名に手をかけた事実は全くなく、両名は何らの抵抗をも示さなかった旨供述している。また他方、原審証人黒川康徳は、当時マッダオート総社営業所事務所内の入口に近い場所に在ったが、同事務所内の正面奥にいた被告人及び入口の入り際付近にいた近藤が警察官から総社署への同行を促がされた際の状況につき、両名は手出しはしなかったが同行を嫌がる風であり、とりわけ近藤は身体で抵抗している様子だったが、引っ張られるように連れて行かれた、しかしそれ以上具体的には覚えていない旨供述していることが明らかである(同証人は、近藤の右抵抗の態様につき、弁護人の、「連れて行かれまいとして、ふん張ったり、机につかまったりするということか」との誘導的尋問に対し、一旦これを肯定する答をしているが、検察官の尋問に対しては、事務所から連れ出される状況については具体的には覚えがない旨供述を変更しており、その点の記憶は鮮明とはいえない)ところ、同証人はいずれとも利害関係のない第三者的立場にあり、その証言内容に照らしても片寄りがなく最も信用できると認められる。しかして、同証人は、被告人ら両名が右事務所内に連れて来られた際の状況については、具体的かつ比較的鮮明な記憶を保持して供述している程であるから、両名が連れ出される際に警察官らにおいて仮に弁護人が指摘するような挙に出ていたとすれば、その異常な状況は、被告人らの身近かにいた同証人として、前の場合以上の強い印象をもって証言しうるはずのものと考えられるのに、何ら具体的な記憶がないところからすれば、同証人の前記証言以上の実力行使がなされたとは認め難く、これに、大石証人が、被告人の身柄を移すには夜間でもあるし逃走防止のため警察官が三人がかりでした旨供述するところをも合せ考えると、被告人ら両名を右事務所から連れ出す際に加えられた実力は、同人らが右事務所内に同行を求められた際に加えられた実力行使の態様として原判決が認定したのと同じ程度の、すなわち、被告人については三人位の警察官が取り囲み、近藤については数人の警察官が引張るようにして連れ出したという程度のものであったと認めるのが相当である。被告人の供述並びに近藤、大石、赤沢の各証言中右認定に反する部分は黒川証言と対比して信用できない。その後、被告人ら両名がそれぞれ警察用自動車に乗車を求められ、総社署に到着してから下車及び署内への同行を促がされた状況については、黒川証人は目撃していないが、右の程度以上に、更に、弁護人が指摘するような強制力が被告人ら両名にそれぞれ加えられた旨の被告人及び近藤の各供述は、同人らが右事務所内に入る際及び右事務所から連れ出される際の警察官の実力行使の状況についての被告人らの供述が、前記黒川証言と対比して誇張されたものと認められるが故に信用できないのと同様、その後の同行の態様全般についてもその供述内容に殊更誇張した作為性が窺われ、たやすく信用できず、一方何らの実力をも加えていないという大石、赤沢の各供述も、前後の経過に照らし信用し難く、結局右事務所を出てから総社署内に至る間の警察官の有形力行使の態様は、前示程度のものであったと認めるべきである。してみると、関係証拠によれば、被告人及び近藤の本件強盗犯人としての容疑が右事務所を出るころまでには同人らを緊急逮捕することができる場合に近い程度にまで濃厚になっていたことは明らかであるうえ、本件強盗事件は犯人らが猟銃や登山ナイフを兇器として白昼銀行を襲い多額の現金を強取したという重大事件であり、しかも被告人らが右兇器を所持している蓋然性もあったから、右兇器による第二の犯罪を予防すべき責務を有する警察官として、本件の具体的状況のもとにおける同行の態様として、前示程度の実力を用いても、未だ警察官職務執行法二条にいう同行の範囲を逸脱した違法な身柄の連行があったとまではいうことができないと解すべきである。

しかして、その後総社署内において、警察官が近藤の承諾なしにボーリングバッグを開披して大量の札が入っているのを現認し、引き続いてアタッシュケースをドライバーで無理にこじ開けて大量の札及び被害銀行の帯封のしてある札束があるのを発見したうえ近藤及び被告人を緊急逮捕し、近藤から右ボーリングバッグ、アタッシュケース、現金、帯封等を差押えた経過及びその状況については原判示認定のとおりであると認められ、また、本件の具体的状況のもとにおいては、ボーリングバッグの開披の点は限定的かつ例外的に職務質問に付随する行為として許容されるものというべきであるとして、原判決が詳細に判断を示すところは相当と考えられる。そうだとすると、適法なボーリングバッグの開披により大量の札を発見し、客観的に緊急逮捕の要件を具備した後における近藤の緊急逮捕が違法とされるいわれはなく、したがって、その逮捕手続において差押えられたボーリングバッグは適法な押収物であり、またアタッシュケース及び帯封については、それらが職務質問に附随する所持品検査としての許容限度を逸脱し、刑訴法上の捜索と目すべき態様の行為により発見されたものであり、それが令状なくして行われた点に問題があることは否み難いものの、ボーリングバッグの適法な開披によりすでに近藤を緊急逮捕できるだけの要件が整い、アタッシュケースの中味の有無や中味の如何にかかわりなく、逮捕必至の状況に立ち至ったのであるから、実際に極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、アタッシュケースの前示こじ開け行為は、同人を逮捕する目的で、緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してなされた捜索手続と同一視しうるのであり、昭和三六年六月七日最高裁判所大法廷判決(刑集一五巻六号九一五頁参照)の趣旨に徴しても、右証拠物の証拠能力を排除すべきものとは認められず、結局、所論指摘のボーリングバッグ一個、アタッシュケース一個、帯封一枚を採証した原判決の措置は、瑕疵治癒論等に関する所論について論ずるまでもなく、結論において相当であり、原判決には所論の違憲、違法のかどはない。

更に、所論の前記(二)の福田宏からの押収にかかる各証拠物(なお、所論が、被告人及び近藤から押収したとして前提を誤った前記一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚の分を含む)並びに前記(三)の松浦順一からの押収にかかる各証拠物については、原判決が押収に至る各経過事実として当該各関係証拠により判示するところに少しも誤りがなく、またこれら証拠物の証拠能力に関する原判決の判断もまことに相当と認められるから、これらの証拠物をすべて採証した原判決の措置に所論の違憲、違法のかどはない。

したがって、論旨はすべて理由がない。

四  量刑不当をいう点について

弁護人の控訴趣意第五点(被告人の同補充書第三を含む)は、被告人を懲役一七年に処した原判決の量刑は重きに過ぎて不当であるというのであり、検察官の控訴趣意第二は原判決の量刑は軽きに過ぎて不当であり被告人に対しては無期懲役刑に処するのが相当である、というのである。

各所論にかんがみ、記録並びに原審及び当審取り調べの証拠を検討し、これにより認められる諸般の情状、特に、被告人は、高校三年生の昭和四三年ころ共産主義者同盟の下部組織である社会主義学生同盟高校生委員会に加入し、昭和四四年九月ころには共産主義者同盟から分裂した赤軍派に所属するに至り、以来赤軍兵士として暴力革命を目指して活動し、目的達成のためには手段を選ばず、我国の法秩序を徹底的に無視する態度をとり続け、昭和四五年六月には爆発物取締罰則違反、殺人予備、兇器準備集合(以上いわゆる大菩薩峠事件)、公務執行妨害の各罪により懲役三年に処せられ五年間右刑の執行を猶予されたにもかかわらず、その猶予期間内に更に本件各犯行を敢行したものであること、本件第一の明治公園爆弾事件の犯行の態様は、被告人自ら、人身に対する殺傷能力を優に有するダイナマイト爆弾二個の製造に積極的に加担して製造の過程において重要な役割を果たし、共犯者青砥幹夫とともに一個ずつを携行して明治公園に至り、折柄警備中の警視庁機動隊員目がけて、被告人において爆弾一個に点火して役てきし、これを爆発させて三七名の警察官に対し原判示の各傷害を負わせ、そのうち加療一年以上を要する者が一一名に及ぶという大きな被害を生じさせたものであって、組織的、計画的に仕組まれた犯行であり、治安維持に当る警察官はもとより一般社会人に与えた不安と衝撃は多大なものがあること、本件第二の銀行強盗事件の犯行の態様は、被告人ら赤軍派が軍事訓練のアジト設定資金獲得のためいわゆるM作戦の一環として行ったものであるが、猟銃とナイフを使用して白昼公然と銀行を襲撃し、多額の現金を強取したものであって、被告人自らが他の三名を指揮し、主謀者として敢行した組織的、計画的犯行であり、金融機関及び一般市民に与えた恐怖は少なからぬものがあること、しかるに被告人は現在に至っても反省、悔悟の念を微塵も示さず、爆弾事件の被害者らに対して被告人において謝罪その他何らの慰藉の方法をも講じた形跡が認められないことなどの諸事情を考慮すると、被告人の刑責はまことに重大であり、原判決の量刑が重きに過ぎて不当であるとは到底認められず、共犯者青砥の量刑と対比しても刑の均衡を失するとはいえない。

一方、原判決が「警察官殺害の目的」を認定しなかったことを理由に右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張し、原判決の量刑不当をいう検察官の所論は、前記一、(一)において説示したとおり、右誤認が未だ判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえないから前提を欠き、被告人の右「殺害の目的」が前叙のとおり場合によっては機動隊員を死に致すことがありうるがこれもいとわないという程度のものであること、本件爆弾事件の主謀者は当時赤軍派の最高幹部であった森恒夫であり、犯行現場における指揮者は青砥であって、被告人は共犯者中最も従属的立場にあったと認むべきこと、幸い被害者中に死者が出るには至らなかったこと、また、本件強盗事件の被害現金の大部分が銀行に返還され、実害はかなり減少していること等の被告人に有利に斟酌すべき諸事情を考慮し、これに、すでに確定している共犯者青砥との刑の均衡の点をも加味参酌すると、原判決の量刑が軽きに失し不当であるともいうを得ない。

したがって各論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却することとし、刑訴法一八一条一項但書により当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 寺尾正二 裁判官 佐野精孝 田尾健二郎)

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